早稲田大学文学部2年のかりんさんは、愛媛県出身。中国人の父と日本人の母を持ち、現在は北京語言大学へ1年間留学している。
幼少期は、興味を持ったものに夢中になる明るい子だった。勉強でも自然と自信をつけていた一方、中学時代には自分のアイデンティティに悩み、成績でも大きな挫折を経験する。そこから受験勉強に向き合い、念願の早稲田へ。しかし、合格しても自信のなさの問題は終わらなかった。
かりんさんが最後にたどり着いたのは、「完璧な自分」ではなく、「ありのままの自分」を受け入れることだった。
幼少期は、とにかく元気で明るい子だった
幼少期のかりんさんは、とにかく元気で明るい子だった。
バレエ、バスケ、絵を描くこと。興味を持ったものには、とことん夢中になった。勉強面では塾に通っていたわけではなく、親から勉強を強制されることもなかった。
それでも小学生になると、点を取ることが楽しくなり、自然と勉強への自信がついていった。
「勉強は割とできる方だと思っていました。」
当時のかりんさんにとって、勉強は苦しみながら向き合うものではなかった。できることが増え、点数という形で結果が見える。その楽しさが、自信につながっていた。
しかし、その自信は中学時代に大きく揺らぐことになる。

「人生で一番自分が嫌いだった」中学時代
中学時代について、かりんさんはこう振り返る。
「人生で一番自分が嫌いだった時期です。」
思春期ということもあり、「みんなと同じでありたい」と考えるようになった。自分のアイデンティティに悩み、自分自身を受け入れることが難しくなっていた。
さらに、中学最初の定期テストで大きく順位を落とす。それまで勉強で困った経験がなかったかりんさんにとって、これは大きな挫折だった。
勉強はできる方だと思っていた。だからこそ、成績が落ちたことは、単なるテストの失敗では済まなかった。自分の支えになっていたものが崩れる経験でもあった。
その悔しさから、かりんさんは自ら塾に通うことを決意する。特に苦手だった英語は、文法の基礎から学び直した。
毎日のように塾へ通い、一度熱が入ると、とことん取り組む。中学3年生になる頃には、「人生を変えるには勉強しかない」と思うようになっていた。
高校説明会で出会った高校に惹かれ、県外の塾へ通う生活も始まる。そして、かりんさんはその高校に合格した。
「慶應に行きたいです」から始まった高校生活
高校入学後すぐ、かりんさんは先生たちに宣言した。
「慶應に行きたいです。」
きっかけは『ビリギャル』だった。本気で人生を変えたかった。周りと比べて自分の全てを否定していた。
「自分には何もない。このまま人生を終わらせたくない」。そんな切実な思いと、「勉強だけは自分を裏切らない」という信念が、大学受験への強い原動力になっていった。
高校生活は受験中心だった。部活には入らず、勉強に打ち込んだ。英検も準1級が取れるまで、諦めずに努力を続けた。
高2の春には、将来小学校教員になりたいという思いから、第一志望を慶應から早稲田へ変更する。高3では『GRIT やり抜く力』との出会いをきっかけに、さらに勉強へ熱が入った。
将来の夢は変わることもあった。それでも、変わらなかったものがある。
「早稲田に行って人生を変えたい」
その思いだった。
念願の早稲田合格。それでも自信はないままだった。
かりんさんは、現役で早稲田大学に合格した。
高校から早稲田への進学者は11年ぶり。念願だった早稲田に受かり、上京することになった。
「上京したら、『人生が変わると思っていました。』」
早稲田に受かれば、変われる。自分を心から認められる。そう思っていた。
しかし、待っていたのは意外な感情だった。
勉強で結果を出し、周囲から認められることで無意識にずっと自分自身を保っていた。
早稲田では全員が早稲田の学生であり、そこに肩書きの差はない。
周囲には、すごい人ばかりがいる。自分には何もない。早稲田に入った後、肩書きという名の、自分を守っていた殻が崩れ落ちていく音がした。
合格は、確かに大きな達成だった。けれど、それだけで心が満たされるわけではなかった。場所が変わっても、大学名を手にしても、自分自身を受け入れられなければ、自分自身は簡単に揺らいでしまう。
かりんさんにとって早稲田合格は、ゴールであると同時に、新しい問いの始まりでもあった。
大学受験より勇気が必要だった、アイドルコピーダンス
そんな時に飛び込んだのが、アイドルコピーダンスサークルだった。
ずっと憧れてた演者側に立ってみたいと思った。
かりんさんは、この決断についてこう話している。
ダンス未経験。その上、ダンスはダンスでも自分とは正反対の存在であるアイドル。
「大学受験より勇気が必要でした。」
自分に自信がなかったため、アイドル活動を堂々とすることができなかった。人前に立つこと、誰かに見られること。そのどれもが、自信のなさと向き合う行為だった。
それでも、ステージに立ち続けた。
最初から堂々としていたわけではない。完璧に自分を好きになれたから始めたわけでもない。むしろ、不安を抱えたまま一歩踏み出した。
その中で、少しずつ変化が起きる。
褒めてもらえることが増えていき、自分自身も以前より堂々とステージに立てるようになった。そしていつしか、「自分に自信を持ってもいいんだ」と思えるようになっていた。そして徐々に、周りの目が気にならなくなっていった。
かりんさんにとってアイドルコピーダンスは、単なるサークル活動ではなかった。自分を隠すのではなく、人前に出ることで少しずつ自分を受け入れていく挑戦だった。

完璧な自分ではなく、ありのままの自分を受け入れる
かつてのかりんさんは、自分自身に対しての理想が高く「完璧な人間にならなければ」と思っていた。
しかし、念願の早稲田に合格しても、心は満たされなかった。
その後、理想の自分を追い求め続けたが、追い求めるほど苦しくなる。何度も何度も理想と現状の差を見つめて自己否定を繰り返した。
そんな中で、寮母さんとの会話をきっかけに、「自己受容」という考え方に出会う。
本当に大切なのは、弱さや不完全さも含めた、ありのままの自分を無条件に受け入れること。
できないことがあってもいい、苦手なことがあってもいい、弱くてもいい、自分が勉強ができないとしても、そんな何もない自分でもとても尊い存在であり認め受け入れるべきなのだと気づいた。
かりんさんが本当に達成できたと思えることは、早稲田合格だけではない。
「自分を受け入れられるようになったこと」
それが、今のかりんさんにとって大きな変化だった。
一朝一夕で自分を受け入れられるようになったわけではない。長い期間をかけて自分に向き合い続けてきた中で少しずつできるようになってきたのだ。
ただ今でも、しっかりとできない自分を否定しすぎて苦しくなってしまうことがある。その度ごとに、自分自身を振り返り、考え方を見直す。その積み重ねで少しずつ変わっていく。
留学先での新たな挑戦は、SNS発信
現在、かりんさんは北京語言大学へ1年間留学している。
留学先での新たな挑戦は、SNS発信だという。
沢山の不安があり悩み考え続けた先で、ついにSNSの世界へ一歩を踏み出した。
「上手くいくかどうかは、正直わかりません。上手くいったらラッキー。上手くいかなくても、貴重な経験でありそれは必ず自分の糧になっている。
とはいえ、実際のところ、数字はそれほど気にしていません。限られた情報から偏見を抱く人がいる一方で、その偏見によって、かつての私のように自分のアイデンティティに自信を持てず、堂々と生きられない人もいます。私が表に出て活動することで、そんな人に「自分だけじゃないんだ」と思ってほしい。堂々と活動する姿が、誰かの勇気になれば嬉しいです。
そして、自分の目で見て経験した現地の姿を、自分の言葉で伝えたい。できるだけ多くの人にそれを見た上で、自分で考えてほしい。私にしかできない発信がきっとある。届く人に届き、その輪が少しずつ広がっていけばいいなと願っています。
正解を探してから動くのではなく、まず挑戦してみる。かりんさんは、そうした選択を積み重ねてきた。
中学時代、成績が落ちた悔しさから塾に通った。高校では、早稲田を目指して勉強に打ち込んだ。大学では、自信のないままアイドルコピーダンスサークルに飛び込んだ。そして今度は、留学先でSNS発信に挑戦している。
その数々の選択の軸にあるのは、かりんさんのこの考え方だ。
「どっちが正解かわからないときは、ワクワクする方を選ぶ。不安がたくさんあっても、今の自分がいちばんやってみたいこと、心が惹かれることを見て見ぬふりすることはできません。きっと後悔するからです。」
私は、「起こることすべてに意味がある」と本気で思っています。つらかった経験も、苦しかった経験も全部全部今の私を創っている。あの出来事がなければ、次の出来事もなかったかもしれない。当時は点としてしか見えていなかったものが、振り返ると線で繋がっているんです。
一つひとつの出来事が、私に多くのことを教えてくれました。だから、これから先も、どんな結果になっても自分の糧にできると信じています。結局全部上手くいくんです。
人との対話と挑戦で、少しずつ育てた自信
かりんさんは、落ち込んだ時の考え方についても話してくれた。
「落ち込んだ時は、一人で考えない。」
自分にないものばかり見てしまう時は、友達に長所を聞いてみる。自分では気づいていない魅力を、周りは案外知っている。
今では落ち込んだ時以外でも家族や友達などに自分について客観的に意見をもらっている。そこで自分の長所や強みを見つけて、自分の興味のあることと照らし合わせて、進んでいきたい道をイメージしている。
かりんさん自身、中学時代には自分に自信が持てなかった。早稲田に合格しても、周囲と比べて「自分には何もない」と感じた。それでも、周りの人との会話や、挑戦の積み重ねの中で、自分自身と向き合い続け、自分を受け入れる感覚を少しずつ得ていった。
「この話がもし、昔の私のように悩んでいる誰かの支えになったら嬉しいです。」
かりんさんの言葉は、同じように自信のなさを抱える人に向けられている。
そして最後に、彼女はこう語った。
「自信があったから行動したんじゃない。行動したから自信がついた。」
かりんさんの歩みは、この言葉に集約される。
最初から自信があったわけではない。むしろ、自信がない時期の方が長かった。けれど、悔しさから塾に通い、早稲田を目指し、アイドルコピーダンスに挑戦し、留学先での発信にも踏み出した。
自信ができるのを待つのではなく、行動することで自信をつくっていく。
