「人気馬を買って当てても競馬では勝てない。人気馬と同等の力があるのに、正当に評価されていない穴馬を探すのが楽しかったんです」
そう語るのは、9浪を経て早稲田大学教育学部に入学・卒業した濱井正吾さんだ。
現在は「東洋経済オンライン」「プレジデントオンライン」などで教育系の記事を連載するほか、書籍出版、Webマーケティング、SNS運用などの仕事に携わっている。
そんな濱井さんの考え方の原点は、意外にも高校時代に出会った競馬ゲームだった。
高校時代にはいじめを経験。周囲に大卒者がおらず、勉強に熱心な環境で育ったわけでもなかった。
そんな中、ワゴンセールで100円で購入した競馬ゲームが、頭を使って考える楽しさを教えてくれた。
競馬で勝つためには、単純に人気のある馬を選べばいいわけではない。人気馬と同じくらい実力があるにもかかわらず、十分に評価されていない馬を見つける。そこに面白さを感じたという。
周囲が注目しているものを追いかけるのではなく、まだ評価されていない価値を探す。
この経験が、その後の濱井さんの進路や仕事の選び方にもつながっていく。
「人の考えの逆を突く」競馬から学んだ生存戦略
競馬にのめり込む中で、濱井さんは独自の分析方法を身につけていった。
血統やエリート主義によって過剰に人気を集める馬ではなく、実際のレース展開や不利な条件を見極め、実力のある馬を探す。
新聞に書かれている「仕上がりが甘かった」といった言い訳をそのまま信じることもなかった。重視したのは、客観的な事実だった。
なぜその馬は負けたのか。本当に実力が足りなかったのか。それとも、レース展開や不利な条件によって、本来の力を発揮できなかったのか。
周囲の評価を疑い、自分で情報を分析する。その積み重ねから、濱井さんは一つの考え方にたどり着いた。
「人の考えの逆を突かないと勝てない。人と違うことをしないと生き残れないと学びました」
この「逆張り思考」は、競馬だけにとどまらなかった。
多くの人が選ぶ道をそのまま進むのではなく、競争相手の少ない場所や、自分ならではの価値を発揮できる場所を探す。
濱井さんは、その考え方を自身の人生にも応用していくことになる。
27歳、9浪で早稲田へ。「合格」をその先につなげるために

濱井さんが早稲田大学に入学したのは27歳のとき。9年間の浪人生活を経ての合格だった。
早稲田を目指した背景には、大学への憧れだけではない、戦略的な考えもあった。
「9浪で早稲田に入ればメディアで注目されるのではないか」
一般的には不利に捉えられがちな長い浪人経験。しかし、見方を変えれば、ほかの人にはない経歴でもある。
競馬で、正当に評価されていない穴馬を探してきた濱井さんは、自分自身の経歴にも独自の価値を見いだそうとしていた。
しかし、早稲田に合格しただけで、すべてが思い通りに進んだわけではない。
出版社に自身の合格体験記を企画として持ち込んだ際には、「無名人の合格体験記にお金を出す人はいない」という厳しい現実を突きつけられた。
9浪を経て早稲田に合格した。それだけでは、社会で仕事を得るための十分な理由にはならなかった。
そこで濱井さんは、発想を切り替える。
誰かに取り上げてもらうのを待つのではなく、自分自身が発信力を持つ存在になる。
在学中に「メディアになる」ことを決意し、自ら注目を集めるための活動を始めた。
バンカラジオ出演で確信した、自分自身の「需要」
濱井さんが着目したのは、YouTubeの学歴系コンテンツだった。
そこで、自ら人気YouTubeチャンネル「バンカラジオ」の「多浪トーク」に売り込み、出演の機会を得た。
その後、浪人をテーマにした企画は80万回再生を突破する。
この反響を受け、濱井さんは自分の経歴に対する需要を確信した。
「自分という存在には需要がある」
9浪という経歴は、一般的な就職活動では説明が難しい要素になり得る。しかし、メディアの世界では、その珍しさ自体が人の関心を集めるきっかけになる。
重要だったのは、ただ珍しい経歴を持っていることではない。
その経歴を誰に、どのように届ければ関心を持ってもらえるのか。自分の経験を求めている人は、どこにいるのか。
濱井さんは、自分自身を一つのコンテンツとして捉え、発信の方向性を考えるようになった。
競馬で培った、周囲の評価とは異なる価値を探す考え方が、今度は自分自身のプロデュースに生かされていった。
「9浪×早稲田×真面目」という独自の武器

ただし、濱井さんは「9浪」という珍しい経歴だけで注目され続けようとは考えなかった。
奇抜なキャラクターとして注目を集めるだけでは、一時的な話題で終わってしまう。
メディアへの出演を、その先の仕事につなげるために必要だったのが「真面目さ」だった。
濱井さんが打ち出したのは、「9浪×早稲田×真面目」という組み合わせだ。
9浪という経歴で関心を集め、その一方で、大学での学びにも真剣に取り組む。
早稲田大学では、学部の友人たちと勉強会を重ねながら、単位を一つも落とさずに卒業した。いわゆる「フル単」で、単位取得率は100%だったという。
9浪という経歴から抱かれやすい印象と、入学後の堅実な学習姿勢。そのギャップが、濱井さんならではの特徴になった。
ただ注目されるだけでなく、信頼される存在になる。
その積み重ねが、大手Webメディアでの教育系記事の連載や、書籍出版へとつながっていった。
現在は「東洋経済オンライン」「プレジデントオンライン」などで執筆活動を行っている。
珍しい経験をきっかけに関心を集め、日々の努力や実績によって仕事につなげる。
濱井さんは、自分の経歴を単なる話題性で終わらせず、継続的な活動の土台へと変えていった。
目指したのは、バズではなく社会で自立すること
濱井さんがここまで戦略的に活動してきた背景には、もう一つの強い思いがあった。
「自分を馬鹿にした人たちを見返したい」
高校時代のいじめや、長い浪人生活。周囲とは異なる道を歩んできた経験が、社会で結果を出すことへの原動力になっていた。
ただし、濱井さんが目指したのは、メディアで注目されることだけではない。
バズで終わらず、「社会人として自立して稼ぐ」こと。そのための現実的な出口戦略を描いていた。
大学では教員免許を取得する一方、市場の動向も見据え、卒業後は一般企業に就職した。
そして、WebマーケティングやSNS運用の実務スキルを身につけていった。
メディアで取り上げられることと、仕事として価値を提供できることは必ずしも同じではない。
濱井さんは、注目を集めるための発信と、仕事を続けるための実務能力を分けて考えていた。
9浪という独自の経歴を入り口にしながらも、それだけに依存しない働き方を目指したのである。
長い浪人経験を単に美談として語るのではなく、現実の社会でどう生き残っていくかを考える。
競馬で身につけた逆張り思考は、ここでも濱井さんの判断を支えていた。
「マイナスは、自分次第でプラスにできる」

9浪という経歴を武器にしてきた濱井さんだが、長い浪人生活そのものを肯定しているわけではない。
最後に、浪人生や受験生、何かに挑戦している人へ向けて、こんな言葉を残した。
「浪人を美化するつもりはありません。でも、人と違う経験や特大のマイナスがあっても、自分次第でプラスに変えられるし、少なくともゼロにはできる。周囲の雑音は気にせず、自分の選んだ道を進んでほしいです」
濱井さんが歩んできたのは、決して最初から成功が約束された道ではなかった。
高校時代のいじめ、9年間の浪人生活、出版社への企画の持ち込みと挫折。その時々で、思い通りにいかなかった経験もあった。
それでも濱井さんは、過去を変えようとするのではなく、その経験をどう生かせるかを考え続けた。
9浪という経歴は変えられない。しかし、それをただの失敗として終わらせるのか、ほかの人にはない経験として活用するのかは、自分の行動によって変えられる。
そして、濱井さんは実際に、発信活動を始め、学業で成果を残し、仕事につながるスキルを身につけてきた。
その生き方を支えているのが、「人と違うことをしないと生き残れない」という考え方だ。
他人と同じ経歴を持っていないことを嘆くのではなく、自分にしかない経験の価値を探す。
100円で買った競馬ゲームから始まった逆張り思考は、やがて9浪という経歴を仕事につなげるための戦略になった。
自分の過去をどう評価するか。そして、その経験を未来にどう生かすか。
濱井さんの歩みは、遠回りした経験にも、その後の選択によって新しい意味を与えられることを示している。
