大学入って最初にバイトしたのが、雀荘だった。
きっかけはマジで適当で、「時給高いし、近いし、麻雀ちょっと興味あるし」ってくらいだった。
高校の友達が「初心者でも大丈夫らしいよ」って言うから、面接行って、ルール確認されて、「大三元って知ってる?」って聞かれて、「役満ですよね」って答えたら受かった。
最初のうちは、サイコロの目を読むのも遅かったし、点数計算もあやふやだった。
客から「お兄ちゃん、テンパってんね(笑)」って言われて、何回か本気で凹んだ。
でも、3ヶ月も経てば流れは分かる。常連の性格も、打ち筋も、タバコの銘柄も、全部パターン化されてくる。
それが不思議と、楽しかった。
雀荘って、時間の流れがちょっと違う。
昼の3時でも夜の9時でも、外が明るいかどうかなんて誰も気にしてない。
タバコの煙が天井にゆらゆらしてて、壁の色が薄茶けてて、BGMはテレビの競馬中継か、誰かの独り言。
そこにいる人たちは、会社員だったり、無職だったり、たまにプロだったり、もうわけがわからない。
でも、牌を切るスピードとか、リーチをかけるときの表情とか、そういうところに全部“その人の人生”が出てて、それを見るのが面白かった。
気づけば、大学の講義より、こっちの方がよっぽど学びがあった。
2年になった頃には、週5でシフト入れてた。
テスト期間?それより“東風戦の連勝記録”の方が大事だった。
単位は取れたり取れなかったり。出席確認すら面倒になって、後期からは一応履修登録だけして、そのまま行かなくなった。
親には黙ってた。サボってるんじゃなくて、他にやりたいことがあるだけだったから。
雀荘の中では、自分の立ち位置がなんとなくできてきた。
「よく働く兄ちゃん」って言われるようになったし、初心者の客が来たら対応を任されるようにもなった。
たまに雀士っぽいオジサンが来て、「君、打つの好きなんだね」って言ってくれたりした。
そのうち、オーナーに「社員やってみるか?」って言われた。
そのとき、「大学どうすんの?」って聞かれて、
「あー、うーん…まあ、辞めてもいいかなって思ってます」って口から出てた。
言ってみて、びっくりするほど後悔しなかった。
早稲田のキャンパスは好きだった。
高田馬場も、西早稲田も、通った日々も、仲良くなったやつらも、全部好きだった。
でも、どこか“居場所”って感じじゃなかった。
みんなが何かを目指してて、何者かになろうとしてて、頑張ってるのは分かるんだけど、
俺はなんとなく、それに乗れなかった。
何か成し遂げる気持ちより、「なんか今、楽しいな」っていう瞬間の方が好きだった。
雀荘にいると、みんな“今”に集中してる。
1枚の牌、1局の勝負、誰が鳴くか、誰が待ってるか、点棒がどう動くか。
未来とか過去とかじゃなくて、“この1巡”にしか意味がない。
そんな世界の方が、今の自分には合ってた。
で、今は大学を正式に辞める準備をしてる。
もちろん、これが正しい選択かは分からない。
「バイトで人生決めるの?」って思われても仕方ないし、
この先ずっと雀荘にいるとも思ってない。
でも、“やりたいことが今ここにある”っていう感覚は、たしかにある。
それって、大学に入ってからずっと探してたものだった。
親には先月、話した。
母親はちょっと泣いたけど、父親は「好きにすれば」って言ってくれた。
そのあと、「お前が勝てない相手は世の中にいくらでもいる。麻雀でも人生でもな」って言われて、めっちゃカッコいいなと思った。
というわけで、今日もまた卓を囲んでる。
点棒の色で、客のテンションで、牌の重みで、いろんなことが見えてくる。
この世界、案外おもしろいよ。
大学は辞めたけど、何も終わってない。
むしろ、やっと“始まった”って感じがしてる。
次は、3連勝してまかない奢ってもらうのが目標。
そのくらいが、ちょうどいい。