
10歳のとき、韓国からアメリカへ渡った。言葉も文化も、自分が知っていた世界とはまったく違った。その経験が、じふさんにとって「外の世界」へ目を向ける最初のきっかけになった。
現在、早稲田大学国際教養学部4年。韓国の大学から早稲田大学へ再入学し、ICC(異文化交流センター)の学生スタッフ、RA(レジデンス・アシスタント)、YouTubeチャンネル「ShinJukuBox」の運営など、さまざまな形で人と人をつなぐ活動に取り組んでいる。
日本への憧れ、一度諦めた夢、軍隊での葛藤、そして早稲田への再挑戦。まっすぐではなかった道の先で、じふさんは「好き」を未来につなげてきた。
10歳で出会った、外の世界
じふさんは、早稲田大学国際教養学部の4年生。韓国出身で、韓国の大学から早稲田大学へ再入学した。
現在は、早稲田大学ICCの学生スタッフとして異文化交流イベントを企画し、RAとして留学生の生活にも寄り添っている。さらに、YouTubeチャンネル「ShinJukuBox」も運営している。
そんなじふさんの原点は、10歳のときにある。
韓国からアメリカへ。言葉も文化も、自分が知っていた世界とは違った。
「世界って、こんなに広いんだ。」
それまで知らなかった世界に触れたことが、その後のじふさんを動かす最初のきっかけになった。
新しい場所に行くと、分からないことが増える。言葉が通じない。文化が違う。自分が当たり前だと思っていたものが、当たり前ではなくなる。
けれど、じふさんにとってその経験は、怖さだけでは終わらなかった。一度知った「外の世界」を、もっと深く知りたい。そう思うようになっていった。
日本への思いが、夢になっていった
外の世界をもっと知るために、じふさんが選んだのは外国語高等学校だった。
高校では日本語を学び、日本での交換留学とホームステイも経験した。新しい言葉を学び、実際に日本で生活し、日本の文化に触れる。その経験を重ねるうちに、「日本に行きたい」という思いは、いつの間にか夢になっていった。
しかし、その夢は一度、手放すことになる。
家族の反対があった。日本へ行きたいという気持ちはあったが、そのまま進むことはできなかった。
それでも、日本への思いまで捨てることはできなかった。
じふさんは韓国の大学へ進学し、日本語と日本文化を専攻した。日本に行く夢を一度諦めた後も、学びを通して日本とのつながりを持ち続けた。
諦めたつもりでも、心のどこかには残っていた。
じふさんの歩みは、すぐに夢を実現できた人の物語ではない。行きたい場所があっても、思うように進めない時期があった。それでも、完全には手放さず、自分のできる形でつながり続けた。
その時間が、後の再挑戦につながっていく。

軍隊で考えた、「本当にやりたいこと」
大学生活の途中で入った軍隊では、社会から少し離れた時間を過ごした。
その時間の中で、じふさんはこれからの人生について改めて考えることになる。
「本当にやりたいことを、このまま諦めていいのか。」
そう自分に問いかけたとき、答えははっきりしていた。
「もう一度、日本へ。」
一度は手放した夢だった。けれど、時間が経っても消えなかった。韓国の大学で日本語と日本文化を学び続けたことも、軍隊で自分の人生を見つめ直したことも、すべてが「もう一度挑戦する」という決断につながっていった。
今度は、自分の力で挑戦してみよう。
そう決めて、じふさんは早稲田大学への挑戦を始めた。
早稲田で、人と人をつなぐ側へ

早稲田大学に入学したじふさんは、ICCの学生スタッフとして活動するようになる。
ICCは、異文化交流を促す場だ。じふさんはそこで、イベントを企画してきた。
自分が感じてきた外の世界の魅力を、ほかの人にも感じてもらいたい。文化も、言葉も、背景も違う人たちが、同じ場所で笑っている。そんな瞬間を生み出すことが、じふさんにとっての幸せだった。
じふさんは、ただ海外に関心があるわけではない。
自分が外の世界に触れて動かされてきたからこそ、今度は誰かが外の世界に触れるきっかけをつくろうとしている。自分が経験した驚きや面白さを、次の誰かにも渡している。
「人と人をつなぐ場所で」活動することは、じふさんにとって自然な選択だった。
言葉や文化が違う人たちが出会う。最初は少し緊張していても、同じ場所で話し、笑い、時間を共有する。その瞬間に、世界は少し近くなる。
じふさんは、そうした場をつくる側に立っている。
今度は、生活を支える側へ
じふさんは、RAとしても活動している。
レジデンス・アシスタントは、留学生たちの生活に寄り添うことが役割。新しい環境で感じる不安に寄り添い、困ったときに相談できる場所をつくる。
新しい国、新しい大学、新しい生活。そこには、楽しさだけでなく、不安もある。言葉が分からないこともある。生活のルールが違うこともある。誰に相談すればいいか分からない瞬間もある。
じふさん自身も、かつて新しい世界へ踏み出した経験を持っている。
10歳でアメリカへ行き、日本語を学び、日本への憧れを持ち、韓国の大学を経て、もう一度日本へ挑戦した。新しい環境に入るときの不安も、知らない世界へ踏み出すときの緊張も、じふさんは経験してきた。
だからこそ、今度は自分が誰かの一歩を支えたかった。
ICCでは、人と人が出会う場をつくる。RAでは、新しい生活を始める人に寄り添う。どちらも、じふさんが大切にしてきた「外の世界」と「人とのつながり」に根ざしている。
好きなことを続けていたら、つながっていた
じふさんの歩みは、一直線ではない。
10歳で初めて見た外の世界。日本への憧れ。一度諦めた夢。韓国の大学。軍隊での葛藤。もう一度挑戦してたどり着いた早稲田。
その時々では、意味が分からなかった経験もあった。遠回りに見えた時間もあった。夢から離れてしまったように感じた時期もあった。
けれど、振り返ると、それらはすべて今につながっている。
じふさんは「好きなことを続けていたら、いつの間にかつながっていた」と語る。
外の世界を知りたい。日本に行きたい。言葉や文化の違う人たちと関わりたい。人と人が出会う場所をつくりたい。
その時々の「好き」や関心を手放さずにいたことが、早稲田での活動につながった。ICCの学生スタッフとしての活動、RAとしての役割、YouTubeチャンネル「ShinJukuBox」の運営も、その延長線上にある。
じふさんは、好きなことを一つの肩書きに閉じ込めない。
留学、異文化交流、生活支援、発信。形は違っても、その根っこには「外の世界を知ること」と「人と人をつなぐこと」がある。

一度立ち止まっても、また歩き出せばいい
じふさんの経験は、夢を一度も諦めずに突き進んだ話ではない。
一度は日本への夢を手放した。韓国の大学へ進学し、軍隊で自分の人生を考え直した。まっすぐには進めなかった。
それでも、完全に終わったわけではなかった。
好きだったこと、気になっていたこと、心に残っていたことは、時間が経っても消えなかった。そして、もう一度歩き出すタイミングが来たとき、じふさんは早稲田への挑戦を選んだ。
だから、一度立ち止まってもいい。
すぐに夢へ進めなくてもいい。遠回りに見える時間があってもいい。その時は意味が分からない経験も、後になって振り返れば、今の自分につながっていることがある。
じふさんは、好きなことを続けながら、遠回りも含めて自分の未来につなげてきた。
そして今は、早稲田で人と人をつなぎ、新しい環境に踏み出す人を支え、自分の経験を発信している。
その一歩が、まだ知らない世界への扉を開くかもしれない。
