「チャンスは、自分で取りに行くもの。」——ラ・セヒョン(セラ)さんはそう言い切る。韓国・ソウル出身、早稲田大学国際教養学部(SILS)1年。19歳の彼女が歩いてきた道は、まっすぐではない。父と二人で東京へ渡った小学4年。韓国に戻った中学2年。ネパールに飛び込んだ高校2年。カリフォルニアで起業した高校3年。それぞれの場所で、彼女は何かに気づき、何かを始めてきた。ここまで挑戦を続けるのには何か特別な理由があるのだろうか。
様々な活動をされているセラさんにインタビューをしてみた。

(早稲田大学国際教養学部2年のセラさん)
変化の先にしか、見えない景色がある
ラ・セヒョンさんの活動歴を並べると、ジャンルが大きく飛んでいるように見える。校内メンタルヘルスクラブの立ち上げ。エルサルバドルやウクライナへの寄付活動。脱北者の高校生への英語指導。ネパールでの教育ボランティア。AIスタートアップの共同創業。大韓民国国会の青少年アンバサダー——。
それでも、一本の線は明快だ。同じものは選ばない。いつもと違う道を歩く。変化があるから、人生は面白い。「チャンスは、自分で取りに行くもの。」——その姿勢が、彼女の選択を貫いている。
今、彼女が正面から向き合っているテーマは「教育の平等(SDG4)」だ。国や環境に関係なく、すべての子どもが教育を受けられる社会をつくる。ビジネスでもNGOでも、形は問わない。大切なのは、「そのゴールを実現すること」——というのが彼女のスタンスだ。
韓国・ソウルから、東京の二人暮らしへ
ラ・セヒョンさんが日本にやってきたのは、小学4年生のときだった。父親の仕事に伴って、英語も日本語もわからないまま、東京のインターナショナルスクールに通い始める。
東京での生活は、父との二人暮らし。仕事で忙しい父に代わって、夕食を作る日が続いた。違う文化、違う言語、違う価値観に毎日触れる中で、彼女の中で「自立」が自然と形を持っていく。「世界は、思っているよりずっと広い」——そのころ手にした感覚を、彼女はそう振り返る。
中学3年生のときには、一人旅も経験した。
ヨガが、メンタルヘルスへの扉になった
中学2年で韓国に戻ったラ・セヒョンさんは、現地のインターナショナルスクールに進み、IB(国際バカロレア)で学ぶ。
学級委員、バレーボール、ボランティア——あらゆる活動を並行して抱える日々の中で、彼女は強いストレスに直面する。それを救ったのが、ヨガだった。
ヨガの効用を自分の体で実感した彼女は、校内のメンタルヘルスクラブを率いるようになり、「マインドフル・スペース」と呼ばれる場を立ち上げる。100人を超えるヨガセッション、メンタルヘルス週間の企画・運営。さらに週5回・計200時間のヨガアカデミーを修了し、G6〜12の生徒100名以上に継続的に指導を行う側に回った。教育イベント「D24 Conference and Expo」では、150名以上の教育者に向けてマインドフルネスを伝える場にも立っている。
G10の年には生徒会役員も務めた。学業はIBで修めながら、課外活動を圧倒的な熱量で広げていく姿が浮かぶ。
活動が、社会の外へ広がっていく
校内に閉じていた活動は、やがて社会の方へとあふれ出す。
エルサルバドルでは、10代で妊娠した若い母親の教育支援プロジェクトに取り組み、チームでコーヒー豆やデザートを販売することで717,370円相当の支援金を集めた。この活動は2023年6月にパーソナル・プロジェクト賞を受けている。ウクライナ戦争の被災者支援では、教員と協力してピースウォークを企画し、ロゴやTシャツのデザインも自ら手がけて、学校コミュニティ全体を巻き込み475,389円相当の人道支援を実現。北朝鮮脱北者の高校生に対しては、PSCOREを通じて韓国の大学入試(CSAT)英語の対策を担当し、モチベーション向上のためのSNS投稿は累計8.4万回以上の閲覧を集めた。
「教育の機会がないことは、人生の選択肢を奪うことだ」——一連の活動の中で、彼女が辿り着いた言葉だ。社会貢献の数や規模を語るより、この一行のほうが彼女の根を理解する手がかりになる。
ネパール、アミットとの出会い
教育格差というテーマが、もっとも鮮明な手触りで彼女に迫ってきたのは、高校2年の夏、ネパールでのボランティアだった。
1.5ヶ月の外部プログラムで、カトマンズの学校に通う。片道1時間半の道のりを歩き、メンタルヘルス、歯科衛生、気候変動をテーマにした教育ゲームを企画・運営し、学校の改修にも携わる毎日。
そこで出会ったのが、小学4年生の少年・アミットだった。サイズの合わないボロボロの靴で、毎日1時間半歩いて学校に通う子。将来の夢を尋ねた彼女に、彼は迷いなくこう答える。「ドクターになる。」
何不自由ない環境にいながら不満をこぼしていた自分と、限られた環境の中でまっすぐ夢を語る少年。そのコントラストの中で、彼女の頭にひとつの問いが浮かぶ。「なぜ彼には、夢を叶える機会が与えられないのだろう?」
このネパールでの体験が、「恵まれない子どもたちのために学校を建設したい」という長期の目標を、彼女の中に定着させた。
「学生でも、社会に影響を与えられる」——LaunchXでの実感
教育の問いと並走するように、彼女のもう一つの武器——ビジネス——も形を持ち始める。
高校最終学年の夏、ラ・セヒョンさんは世界中から選ばれた80名の1人として、カリフォルニア大学バークレー校で開催された起業プログラム「LaunchX」に参加。AIを活用した旅行プランナー「Tourster」を共同創業し、CMOとしてマーケティングとUI/UXを担った。ローンチからわずか2週間でSNS総閲覧数は1.8万回を超え、投資家へのピッチを経て「Microsoft for Startups」にも採用される。
学生という立場でも、社会に対して影響を持てる——その手応えを、彼女はこの夏に得た。
その前後で、Education USAのインターンとしても活動している。北東アジア太平洋地域(NEAP)の教育アドバイジングコーディネーターと連携し、160以上の機関とのパートナーシップを支え、Notionでデータベースをシステム化するなど、地味だが実務に効く仕事も担っていた。派手な実績と、足元の事務作業。両方を行き来できるところに、彼女の強みが見える。

(韓国、ネパールで様々な挑戦を行い、現在活動の舞台を日本に移している。セラさん)
形は問わない、ゴールを実現する
これまでの活動を貫く共通項は、教育の平等(SDG4)の実現だ。子どもは未来そのもの。世界中のすべての子どもが平等に教育にアクセスできる社会をつくる——それが、彼女の長期目標だ。
そのために、SILSではビジネスと経済を本格的に学ぶ。日本語をマスターしてトリリンガル(韓国語・英語・日本語)になり、3つのコミュニティで動けるようにする。観光分野ですでにAIスタートアップを共同創業した彼女が、教育領域で次の事業を組み立てる日は、思っているより遠くないのかもしれない。
大学生活の楽しみのひとつは、大隈庭園でのピクニックなのだという。
父の言葉が、背中を押し続ける
なぜ、ここまで動き続けられるのか。
小さい頃から、彼女の好奇心は強かった。新しい環境、新しい出会いが好きで、両親はいつも背中を押してくれた。中でも、父からもらった一言が、今も彼女の中に残っている。「宝物はいつだって、コンフォートゾーンの外にある。」
同じものは選ばない。いつもと違う道を歩く。昨日より少しでも成長したい——シンプルな価値観だが、その積み重ねが彼女の歩みそのものになっている。
ラ・セヒョンさんの歩みは、決して特別な才能の話ではない。小4で異国にひとり連れて来られたこと。父との二人暮らしで自然と自立したこと。並行する活動のストレスの中でヨガに出会ったこと。ネパールでアミットの夢を受け取ったこと。一つひとつの出会いと違和感を、彼女は受け流さずに、行動に変えてきた。
変化の先にしか、見えない景色がある。
