早稲田大学政治経済学部4年の大石清地さんは、カクテルコンペティションで日本一に輝いた学生バーテンダーだ。だが、その歩みは最初から「大会で勝ちたい」という思いで始まったわけではない。出発点にあったのは、シンプルに「お酒が好きだった」という気持ちだった。高田馬場のバーで働きながらカクテルの奥深さに惹かれ、自分の強みを重ねていった先に、日本一という結果があった。今回は、大石さんがどうやってこの世界にのめり込み、何を武器にここまで来たのかを聞いた。

(大石さんは、カクテルという早稲田とはかけはなれた異色の舞台で結果を残し続けている。)
お酒が好きだった。それがすべての始まり
大石さんがバーで働き始めたきっかけは、とても素朴だ。もともとお酒が好きだった一方で、同世代に一緒に飲める友人があまりいなかった。だったら、自分が働く側に回れば、もっと深くお酒に関われるのではないか。そう考えたのがスタートだったという。
当初からカクテル一筋だったわけではない。むしろ最初は、ジンやラムのようなベーススピリッツへの関心の方が強かったそうだ。専門性の高い店で働きたいと考え、早稲田周辺で探した結果、高田馬場のバーで働くようになった。大学2年の終わりから3年の始まりにかけて早稲田周辺へ引っ越したことも、その流れを後押しした。友人が来やすい場所で働けることも、大石さんにとっては大きかった。
カクテルに惹かれたのは、「変数の多さ」
大石さんがカクテルに本格的にのめり込んでいった理由は、「変数の多さ」だったという。酒は発酵や蒸留の段階からすでに複雑で、そこにさらに、素材の組み合わせや技術、客の好み、その場の空気感が加わる。同じ一杯でも、作り手や状況によってまったく違うものになる。そこに面白さを感じた。
印象的だったのは、成人後に初めて訪れたバーでの体験だ。同じ材料、同じ分量でも、自分たちが振ったカクテルと、バーテンダーが振ったカクテルでは味が違った。その体験を通して、技術が味を変えることを強く実感したという。知識だけではなく、手の動きや所作によって一杯が変わる。その奥深さが、大石さんを引き込んでいった。
日本一につながったのは、技術だけではなかった
大石さんが優勝した大会は、単純に技術や味だけを競うものではなかった。本人によると、カクテルの大会には大きく分けて二つあり、ひとつは技術や味覚を試す大会、もうひとつはメーカー主催で、酒の魅力をどう表現するかが問われるコンペティションだという。大石さんが勝ったのは後者で、プレゼンテーションやコンセプト設定の配点が高かった。
そこで生きたのが、自分の「話す力」と「調べる力」だった。どの大会なら自分の強みが最も発揮できるのかを考えたうえで、その舞台を選んだ。やみくもに挑戦したのではなく、自分に合う土俵を見極めたことが、日本一につながったのだ。
強みの土台は、高校時代と大学で育った
大石さんのプレゼンテーション力の背景には、高校時代の経験がある。高校では2年半ほど生徒会長を務め、多くの人の前で話し続けてきた。加えて、模擬国連や模擬裁判選手権にも参加し、人前で話す力やその場で対応する力を磨いてきたという。
そして大学では、研究環境を使って「調べる力」を伸ばした。図書館などにアクセスしながら、コンセプトの背景を深く掘り下げられることは、自分ならではの強みだと大石さんは語る。実際、優勝した際にも神話をもとにしたコンセプトを掘り下げ、そこに登場する酒をカクテルとして再現するために、歴史的背景まで調べたという。大学で培った探究心が、バーカウンターの一杯につながっていた。

(現在大石さんは政治経済学部4年に在籍しながらカクテルの大会で結果を残している。)
次の目標は、世界
現在、大石さんは世界大会につながるコンペティションにも挑戦している。MONINのアンダー27向け大会をはじめ、ジファールやコアントローなどの国際大会も視野に入れているという。最近は、世界大会につながる国内大会で英語でのプレゼンテーションが求められることも多い。国内と海外では審査基準も違う中で、自分の強みをどう生かせるかを見据えている。
ただ、大石さんの視線は自分の実績だけに向いているわけではない。インタビューの最後には、若者のお酒離れを食い止めたいという思いも語ってくれた。自分がすごかった、で終わるのではなく、お酒の面白さに触れる入口そのものを広げたい。そんな問題意識から、ラムに関するセミナーや試飲会の企画にも関わっているという。
「好きな分野で、自分の強みをどう生かすか」
大石さんが早稲田生に向けて伝えたメッセージは、シンプルだった。自分の能力に合わせて活躍の場を探すのではなく、興味のある分野で、その能力をどう生かすかを考えること。激戦の王道にそのまま乗るのではなく、自分ならではの戦い方を見つけること。それが、唯一無二につながるのではないかという。
お酒が好きだったこと。人前で話すことに慣れていたこと。調べることが得意だったこと。一見ばらばらに見えるそれぞれの要素が、バーという場所で結びついたとき、日本一という結果になった。大石清地さんの歩みは、「好き」と「強み」をどうつなげるかを考えるヒントに満ちている。
