
(幼い頃から三浦さんは、様々な文化に触れてきた)
「選択肢を増やす」という言葉が、あまり好きではない。
そう語るのは、早稲田大学社会科学部4年の三浦音央さんだ。ミラノ、ロンドン、ポーツマス、ドイツ。海外での経験を重ね、今治タオルのPR、ストリートスナップ、SNS発信にも取り組んできた三浦さんが、いま拠点にしているのは地元・愛媛の田んぼである。
なぜ、早稲田の現役学生が農業に本気で向き合うのか。そこには、地元への思い、家族とのつながり、そして「今やるべきことに集中する」という、三浦さん自身の生き方があった。
「早稲田生で農家」という肩書きの奥にあるもの
三浦音央さんは、早稲田大学社会科学部4年生。現在は愛媛に拠点を置き、家族とともに農業に取り組んでいる。
インタビューの冒頭、三浦さんは自分の経歴を淡々と語った。3歳から5歳ごろまで母親の仕事の関係でミラノに住み、その後、香川、愛媛へ。中学時代にはイギリスへ渡り、ロンドン日本人学校を経て、ポーツマスの語学学校にも通った。高校ではサッカー部、生徒会長、全国高校総体の実行委員長、弁論大会や英語スピーチコンテストにも取り組んだ。
さらに高校3年生では、未経験から俳句部に入り、全国大会で3位になったという。大学入学後は今治タオルの会社で約1年半インターンを経験し、ドイツへの交換留学中にも今治タオルを広める活動を続けた。ストリートスナップに熱中し、TikTokで400万再生を超え、フォロワーが8000人近くまで伸びたこともある。
並べれば、驚くほど多彩な経歴だ。けれど、三浦さんの記事を「すごい経歴の学生」として始めてしまうと、肝心なものを見落としてしまう。
彼の歩みを貫いているのは、派手な肩書きではない。地元のものを外へ届けたいという思いと、その時々で「今やるべきこと」に集中してきた姿勢だ。
地元のものを届けたい。その思いは高校時代からあった
三浦さんは、愛媛について「大好き」と語る。高校時代、全国高校総体の実行委員長として地元愛媛のものを届ける活動に関わり、今治タオルの共同開発にも携わった。高校3年時には、ドイツへ行き今治タオルを世界に広める活動も行った。
大学に入ってからも、その思いは続いた。1年生の4月から、東京・青山に店舗を持つ今治タオルの会社でインターンを始め、留学までの約1年半続けている。
つまり、三浦さんが農業に向かったのは、突然の方向転換ではない。愛媛のものを外に届けたい。地域の価値を、自分の行動で広げたい。その感覚は、農業に出会う前からすでに彼の中にあった。
ただし、最初から農業だけを目指していたわけではない。
ロンドンのおむすび屋、ラーメン屋、そして農業へ
三浦さんは当初、兄たちの米を使い、ロンドンでおむすび屋を開く計画を立てていた。
ビザを使い、2026年からイギリスで挑戦する予定だったという。出資者もつき、計画はかなり具体的に進んでいた。
しかし、留学中に母を亡くしたことが、大きな転機になった。
葬儀のために一時帰国したタイミングで、家族の中で「もう一回、家族で一つになろう」という話が出る。その流れで、以前から話のあったラーメン屋のフランチャイズに取り組むことになった。三浦さん自身もラーメン屋で修行し、開店準備を進めた。テナントも決まり、食材の仕入れを詰める段階まで進んでいた。
だが、そこで立ち止まる。飲食業の人的リスク、2000万〜3000万円規模の初期投資、そして「本当に自分たちがやりたいことなのか」という問い。家族で話し合った末に、ラーメン屋からは撤退することを決めた。
その先に残ったのが、農業だった。
「地元愛媛のものとか、まず自分たちのお米を、日本全国、世界に届けていけるような農業にしていこう」
三浦さんはそう語っている。農業は、彼にとって単に家業を手伝うことではない。家族で向き合う仕事であり、愛媛の米を届ける手段であり、日本の食を支える挑戦でもある。
SNSは、農業を届けるための武器であり、現在地を確かめる日記でもある
三浦さんが農業において重視しているのが、SNSだ。
米の価格は年によって不安定に変わる。だからこそ、自分たちでブランディングし、良い米を適正価格で売れる状態をつくる必要がある。三浦さんは、早稲田大学の現役学生が農業に取り組んでいることも含め、SNSを通じて農業の価値を届けようとしている。
一方で、発信の難しさも感じている。リール動画では、冒頭で離脱されない工夫が必要になる。自分たちが良いと思うものと、視聴者が求めるものとの間にズレもある。
それでも、SNSを始めたことには大きな意味があった。コメントで「こういう若手農家がいることは大事だ」と反応をもらうことで、自分たちの活動が社会的な意味を持つことを実感できる。発信は、外に届けるためだけのものではない。三浦さんにとっては、自分の現在地を確かめる行為でもある。
「日記感覚」という言葉が印象的だった。どう伝えれば伝わるのかを考えることで、日々の農業にも意味を求めるようになる。SNSは、田んぼの外側にある宣伝手段ではなく、農業への向き合い方そのものを深める装置になっている。
「選択肢を増やす」が好きではない
三浦さんの考え方を最もよく表しているのが、「選択肢を増やす」という言葉への違和感だ。
多くの大学生にとって、大学は将来の選択肢を広げる場所として語られる。資格を取る。インターンをする。留学する。幅を広げ、可能性を残す。もちろん、それ自体が悪いわけではない。
ただ、三浦さんは違う見方をする。
選択肢を残すために何かをしている人は、今やっていることを突き詰めている人には勝てない。そう考えているという。
高校3年生で俳句甲子園に出たときも、全国大会は受験期と重なっていた。受験だけを考えれば、俳句に時間を使うのは合理的ではなかったかもしれない。それでも三浦さんは、その時に来たチャンスに集中した。結果として、未経験から全国3位まで進んだ。
この姿勢は、現在の農業にもつながっている。休学して「学生」という立場を残す選択も考えたが、三浦さんはストレートで卒業する道を選んだ。残り4単位をオンデマンドで取得し、大学を終えてから農業により集中するつもりでいる。
「集中するなら、きっちり一個ずつ終わらせなきゃいけない」
この言葉には、三浦さんの潔さがある。
「エゴ」から「貢献」へ
三浦さん自身、母を亡くしたことが大きな変化をもたらしたと語っている。
以前は、自分も「選択肢を広げる」ために行動していた。しかし母の死を経て、何でも振り切ってできるようになった。自分の中のエゴのようなものが、貢献主義に変わっていった感覚があるという。
その変化は、家族への思いと深く結びついている。
三浦家で大切にされている言葉は、「常に家族と」。三浦さんは、家族こそが人生で大事なものだと考えている。愛媛に戻ってからは、家族で仕事をし、毎日一緒に生活すること、ご先祖様や母への供養をすることを大切にしている。朝晩にお経を読み、お墓参りやお墓掃除もする。
母は、三浦さんの高校受験、スピーチ、俳句など、さまざまな場面で支えてくれた存在だった。だからこそ、家族が困っているなら助ける。自分も家族に助けてもらう。そのつながりを大切にできないことだけはしたくない、と三浦さんは語る。
農業は、その価値観を実践する場でもある。
若手農家として、日本の食を支えるという視点
三浦さんたちの農業は、兄弟3人で取り組むものだ。兄たちはそれぞれ、教育や市議会議員としての活動にも関わりながら、家族で農業に向き合っている。
三浦さんが他の農家との違いとして挙げたのは、「若い」ということだった。本人の発言によれば、日本の29歳以下の農業人口は全体の1%、65歳以上が70%を占めるという。さらに三浦さんたちは、代々の農家を継いだのではなく、農機具も田んぼもノウハウもない状態から始めた新規就農だと語っている。
もちろん、この記事では資料外の統計確認は行わない。ただ、三浦さんが強い危機感を持っていることは確かだ。
食料自給率への不安。海外情勢によって輸入が止まったら、食べるものが届かなくなるのではないかという危機感。農業は「国防」とも言えるのではないかという視点。
三浦さんは、家族を守りたい、日本を守りたいという言葉で、農業の意味を語った。農業を「かっこいい仕事」として見せたいだけではない。自分たちが食べるものを、自分たちで支える。その当たり前を取り戻すことが、彼の目指す農業の先にある。

これから。愛媛の田んぼから、世界を見ている
三浦さんの展望は、すでに次へ向かっている。
家族では自給自足にも取り組み、納豆や甘酒、酒アイスなどの製品開発も進めているという。SNSのフォロワーが増えたら、農作業着のブランド立ち上げも考えている。農業のオフシーズンである冬には、再びドイツへ渡り、馬を使った農業、つまりオイルなどに頼らない農業を学びたいとも話している。
一見すると、三浦さんの関心は多方向に広がっているように見える。けれど、その中心には一つの軸がある。
家族とともに、地元愛媛のものを届けること。農業を通じて、日本の食を支えること。そのために、SNSも、留学も、商品開発も、ブランドづくりも使っていく。
多彩なのに散らばっていない。三浦さんの強みは、そこにあるのかもしれない。
地元と家族を、大切にするということ
最後に、三浦さんは早稲田生に向けて「地元と家族を大切にして欲しい」とメッセージを贈った。
この言葉は、単なる道徳的な呼びかけではない。ミラノで幼少期を過ごし、イギリスで学び、ドイツに留学し、東京で大学生活を送り、さまざまな場所を見てきた三浦さんが、最終的に愛媛へ戻ってきた。その経験を経て出てきた言葉だ。
遠くへ行くことには意味がある。外に出たからこそ、地元の価値が見えることもある。多くの人と出会ったからこそ、家族の存在の重さに気づくこともある。
三浦さんは、すべての人に農業を勧めているわけではない。けれど、彼の生き方は問いを投げかけてくる。
自分がいま向き合うべきものは何か。
選択肢を残すためではなく、本当にやるべきことに集中できているか。
自分の強みは、どこから育ってきたのか。
そして、自分は誰のために働きたいのか。
三浦音央さんは、早稲田生であり、農家であり、発信者であり、愛媛に根ざす一人の若者である。
肩書きよりも先に残るのは、「常に家族と」という言葉を胸に、いま自分が選んだ場所で本気で汗をかこうとする姿だ。
